産学連携メッセージ

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なぜ大学発のベンチャーか

1989年11月9日に起こったベルリンの壁の崩壊直後、全世界のビジネス規模が27億から一挙に54億に倍増しました。以来増大が続き、いまや67億を超え、世界のメガコンペティションの熾烈さがますます加速しています。このような激変の情勢下にあって、日本が誇る情報家電は世界に卓越した知的資産を蓄積しているものの、めざしている市場は、大半が国内であり、グローバルビジネスが好調に展開しているとはいえません。これは、海外向けのテクノロジーあるいはマーケッティングにかかわる活気あるマンパワーが構造的に欠乏しているからではないでしょうか。シンセシスはこのような若い活気ある人材を育てています。

大学発のベンチャー、株式会社シンセシス

株式会社シンセシスの本来あるべき姿は、システムLSIによるIPビジネスの展開と企業からのoutsourcingによる技術開発の両面をにらんで、先端的かつ実用的な研究開発を遂行することです。この会社の最大の特色は、大阪大学、京都大学、奈良先端大学、立命館大学、大阪市立大、徳島大学、大阪電気通信大学、兵庫県立大学、の8大学の大学院の学生約70名余りを契約社員として、LSIの研究開発に従事してもらっている点にあります。
研究顧問としての大学教授が5名、主幹研究員としての若手教官(教授、准教授、助教)が10名で、院生に対する設計業務の指導と支援を行っております。
設立の最大の動機は,1993年にグルノーブルで開催された欧州VLSI学会で、マンチェスター大学が発表したアーム社向けLSIの開発事例に衝撃を覚えたからです。大学でここまでやれるのかと大変驚き,これでは日本の大学もオチオチしていられないと思いました。従来は、日本株式会社の LSI開発では,一人前の設計者に育て上げるに入社後5,6年かかっていました。ところが、設計支援ツールの急速な進展により,有能な院生であれば3,4年で一人前に育つ環境が整いましたので,大学が率先してそのような人材を社会に出る前に育成しておかないと、システムLSI分野ではマンパワーで外国に圧倒されてしまうのではないか,という危機感が先に立ちました。
ちょうどそのころ、確か1995年であったと思いますが,シャープからMPEG-2のLSI設計を共同開発しようという話が舞い込んできました。院生4人のチームを提供して共同開発に挑んだところ、1年半で設計が完成し、試作したチップが見事に働いたのです。これには感激しました。これならばベンチャーを起こし,設計を受注しながら院生に設計スキルを身に付けさせることができるに違いない、と確信しました。
国立大学(法人)あるいは公立大学の院生は年間60万円弱の学費を払っています。マスターまでであれば就職にも有利と親御さんは我慢もするでしょうが,ドクターに進むとなると,さらに3年間の学費を負担しなければならないので、大概は許してくれません。米国では年俸2~5万ドルももらえるTA (Teaching Assistant) やRA (Research Assistant) の制度がありますが、わが国ではそれがありませんので、後期課程の院生には給料を出すことは不可能です。したがって、ベンチャーを作って院生に働いてもらい,実績に見合った報酬を与えれば,彼等のスキルは向上するし,生活費の面倒もみられるので,ドクターへ進学する可能性も出てくるであろう,というのが設立の大きな狙いであったわけです。

学生がLSIを開発できる時代

大学院の学生に最先端のシステムLSIの研究開発ができるのか、という疑問を持たれるかもしれませんが、現実には立派にできるのです。社員として働いている院生たちは、すでにいくつもの優れたハードウェア・アルゴリズムやアーキテクチャの研究開発を成し遂げ、日本の学生も世界に通用する創造性を持っていることを実証しています。
さて、上述したように、近年,システム設計の支援ツールの技術革新によって、「ハードウェアとソフトウェアのコデザイン(Co-design; 統合設計)」 が飛躍的に進展しました。すなわち、「トップダウン合成」という技術革新によって、システムのどの部分をハードウェアで、どの部分をソフトウェアで実現すると、機能面やコスト面でどのような性能が実現できるかを統合的に検証できる環境が整いました。したがって、LSIチップを製造する設備がなくても、「ハードウェア記述言語によるシステム設計能力」と「ハードウェア自動合成ツール」があれば、学生でもシステムLSIが設計できる時代になったのです。
かつて産業界は、「工学部の学生には基礎だけ教えればよく、応用(開発)と実用(設計製造)は企業に入ってから教えるから大丈夫」と言っていました。このような考え方を「リニアモデル」といいます。このモデルの基本的な考え方は、まず「基礎」があり、それに基づいて具体的な「応用」を考え、その応用事例に基づいて実際の「実用」化の体制を整えるというものであり、研究開発が順次段階的にシフトするというものです。ところが、ことシステムLSIに関しては、研究開発過程で、「基礎」、「応用」、「実用」の研究開発が連続的に実装するというケースが増大しました。それは、LSIのシステム設計に「ハードウェア・ソフトウェア統合設計」や「トップダウン合成」という大きな技術革新によって、「基礎」、「応用」、「実用」の一連の研究開発が連続して実行できるようになったからです。その結果、大学でも、企業と同様に、上流設計が研究開発の課題として新たに組み入れられました。換言すれば、1980年代までは、会社に入ってから5年か6年の技術訓練によって、ようやくシリコン上にシステムが組めるようになるという状況でありましたが、1990年代に入ると、設計環境の技術革新によって、大学においてもその技術訓練が可能となり、しかもその期間が半分に短縮されてしまったというわけです。
それでは、「ハードウェア・ソフトウェア統合設計」と「トップダウン合成」とはどういうことでしょうか。まず、ハードウェア記述言語が発明され、この言語を使って全体のシステム機能を記述できるようになりました。これによって、システム全体の論理的かつ機能的な設計・検証が可能となり、しかも性能、コスト、電力消費の面から、どこをハードウェアで、どこをソフトウェアで実現したらよいか、についてのトレードオフが、設計段階で決定できるようになったのです。システムのある部分をハードウェアで実現するためには、対応するシステム記述からハードウェアを自動合成(synthesis)すればよく、これによりシリコン・システムの設計自動化が可能となったのです。ここに、システムの性能、面積、消費電力が、設計段階で検証・評価できるようになり、学生にも実用的なシステムLSIの設計ができるという画期的な設計環境が生まれたのです。
ハードウェア記述言語によってシステム機能を記述することをハードウェア・アルゴリズムと言いますが、システム性能は、このアルゴリズムの良し悪しで決まり、多くの場合、これがいかに独創的であるかが決め手となります。独創的なハードウェア・アルゴリズムの思考の訓練を若い頃からきちんと経験しておけば、非常に伸びます。通常は2年半から3年ぐらいの訓練と経験で一人前のシステム設計者になってくれますが、前期(修士)課程の2年がすむと、ほとんどが大学から出てしまいますので、一人前になる前に世の中に出してしまうことになります。後期(博士)課程に残って修練を積んでもらえば一流の実力がつくのにと悔やまれます。後期課程にもっと大勢の学生が残って、システム設計の研究開発に従事すれば、日本株式会社としての設計能力が格段に上がるのに、と毎年悔やんでいるのです。

新時代の産学ベンチャー

将来の可能性を秘めた院生たちは、なぜ、一人前の設計者になる前に大学を去るのであろうか。その理由は簡単です。経済的問題です。前期課程を終えた20代なかばの年齢で、後期課程に進むとアルバイト生活を強いられますが、それでも決行するかどうか、を決断しなければならないのです。近年、文部科学省の大学改革によって、ようやくTAやRAの制度が拡充されましたが、その給与体系は米国に比べると、まだまだ劣悪なのです。
米国の大学と日本の国立大学の比較をしてみました。TAに関しては、日本では、時給と労働時間に制限があり、年間50万円が上限となります。米国では、労働条件はB クラスで1ヶ月40時間、Aクラスで1ヶ月80時間、それにプラスしてそれぞれ授業料補助が支給されるので、B クラスのTAは実質で年間約2万ドル、AクラスのTAだと約3万ドルになります。つぎに、RAに関しては、日本では、これもTAと同様に、時給と労働時間に制限があり、年間50万円が上限となります。米国では、労働条件はBクラスで1ヶ月40時間、Aクラスで1ヶ月80時間、それにプラスしてそれぞれ年間授業料が支給されるので、BクラスのRAは実質で年間約3万ドルになり、AクラスのRAですと約5万ドルになります。 私たちは、1人でも多くの院生が博士課程に残って、一人前のシステム設計者に育成したいと思っています。そうはいっても、TA、RAで50万円が上限では、博士課程に残れと強要するわけにはいきません。一般に、学生は意気地がなくなったとは思いますが、これが日本の教育現場の実情です。せめて彼らに米国なみの経済援助くらいはしてやりたいという親心が、ベンチャーを始める原動力になったのです。国の制度が不充分なら、それに代替できるシステムは何かないかと考えた結果が、株式会社シンセシスだったのです。大学教授の「産学共同研究の経験」と若手教官の「設計能力」と大学院生の「ハングリー精神」と、社会のニーズを知る産業界の企業家の「マネジメント能力」とを融合させるために、産学連携のベンチャーを起業して、院生たちには社員という形で働き、能力に応じて給料を支払うシステムを開発したのです。
われわれのような産学連携ベンチャーが、どうして今後必要かといえば、情報家電とマルチメディアが21世紀の中核産業といわれる時代になり、システムLSIに対する研究開発のニーズがますます高まるからです。
一流の設計技術者を短期間に育てるのに最も功を奏するのが、産学連携ベンチャーと考えたわけです。院生たちは実用仕様にもとづいての納期厳守、守秘義務を守らなければならないなどの産業界におけるルールを身につけることができます。社会の現場と接することにより実用研究とビジネス実感を体得することにもなります。
大学では論文を書くことが評価の対象になっていますが、しばしばその論文の結論で「本手法は実用可能である」などと書きます。しかしながら、産業界の要求する仕様は「実用的に可能」というような甘いものではありません。われわれの予想をはるかに超える仕様がほとんどです。このような厳しい仕様に基づいて果して設計できるのか、と思われるでしょうが、院生はやり遂げています。院生にとっては、産業界の要求している技術課題や実用化仕様には多くの「研究シーズ」が秘められているからです。院生にとってはこの貴重な「研究シーズ」という実利があるので、彼らは必死で取組み、結果として彼らの能力を十分に引き出していることになります。
いまや、大学革命により、教育、研究に加えて、社会貢献が第3の使命として加わりました。シンセシスは産学連携によって社会貢献に尽くさなければならないと思います。特に、社会変革の担い手として、大志や使命感を抱いて、新しい社会貢献を目指さなければならないと思います。技を磨いて知恵を絞って、テクノロジーだけではなくマーケッティングの実践力を鍛えなければならないと思います。ベンチャーを推進するには、知力、腕力、機動力に加え、人脈も極めて大切です。これらすべてを獲得するためには情熱、信念、信頼性、さらには説得力がなければなりません。
全社員、ベンチャーの原点に戻って、精一杯がんばっています。絶大なるご支援とご理解を賜りたく切にお願いいたします。